現在、紫金山・アトラス彗星がピークです。私は一昨日の夕刻に撮影に行きました。
ネット上では彗星の撮影に関する基礎的な内容をまとめたサイトが無かったので、今回の私の撮影体験を元として彗星の撮影方法を解説します。ご興味があればぜひお付き合いください。
なおこの記事を簡単に要約すると、
- 彗星の撮影は撮影地の選定が大変
- 彗星の撮影に必要な撮影機材はカメラ・レンズに三脚程度
- 撮影時のセッティングは確認しながら臨機応変に
といったところです。
彗星撮影の基礎
彗星は、一般的には数十年以上の周期を持つことが多く、人生で同じ彗星に巡り会える機会は稀です。しかし太陽系には数多くの彗星が存在するため、年に数個くらいのペースで一眼カメラでも撮影可能な彗星が来ています。ただし、地球から見える明るさは彗星によって大きく異なるため、綺麗に撮影できる彗星は数年に一度くらいのペースかもしれません。
彗星は、そのきれいな尾を引く姿が人気の被写体です。その尾は、彗星が太陽の熱によってガスやチリを放出したものと言われています。太陽に近づくほど、核から放出されるガスやチリが増えて、より尾が長く引いていきます。
しかしそれはすなわち、きれいな尾を引いた彗星を撮影するためには、彗星が太陽に近づいている必要があることに繋がります。言うまでもなく太陽の強い光の元で彗星を撮影するのはほぼ不可能なので、大抵の場合、夜明け前や日の入り後の僅かな時間に限られてしまいます。
その僅かな限られた時間に加えて、気候などの条件にも恵まれた際にやっと撮れる、そういった難度の高さからも希少価値があり、その美しさと合わせて人気の被写体となっています。
彗星の情報を確認しよう
良い写真が撮れそうな彗星が近づくとネット上などで解説記事が増えるので、そういった記事を定期的に読んでおくと撮り逃す確率は低くなるでしょう。もちろん天文雑誌などの権威のある情報をチェックするのが最もおすすめです。例えば、フォーブスの記事によると、今月末にもまたもう一つ有力な彗星が予想されているようですね。
(2024/10/18 追記: この記事 によると、どうやら崩壊してしまったようです。残念)
せっかく有力な彗星が発見されても、地球に近づくにつれて崩壊してしまうこともよくあります。有力な彗星が無事に崩壊せずに太陽に近づくと、日本からどのように見えるのかを紹介するサイトが登場します。例えば、今回の紫金山・アトラス彗星について、国立天文台の特別サイトは非常にわかりやすい図を掲載されています。他にも、専用のアプリやソフトなどを利用すると良いでしょう。
こういった情報を見ながら、何月何日ごろに撮影に行くかを決めます。大事な前提として、「彗星の高度が上がれば上がるほど撮影難度は下がるが、一方で太陽から遠くなるので尾が短くなる」ことを意識してください。紫金山・アトラス彗星ならば、10/13〜14 くらいが撮影難度と尾の長さのバランスが良さそうでした。
(なお、彗星の尾の長さは地球との角度も関係し、今回は近地点前後では尾が地球の方を向いていたので短く見えていた、という側面もあったようです [元記事])
撮影候補地を選定する
撮影日の前に、どこで写真を撮るかの当たりをつけておきます。ここで問題になるのは、彗星の高度が低いということです。長い尾を撮ろうとすると、どうしても地表近くの彗星を狙う必要が出ますが、地表近くには山や建物などの障害物が多く、なかなか適した場所がありません。また、当日の天気に合わせて臨機応変に撮影地を選べるように、ある程度離れた複数地点の候補を用意しておければ心強いでしょう。
候補地探しのコツとしては、まず何よりも彗星の見える方向をしっかり理解することです。夕方なら西側になりますが、西なのか西南なのか西南西なのか、ある程度しっかり認識しておきましょう。
次に、平地から撮影する場合には近くに大きな山や建物がないことを確認しましょう。例えば富士山 (3776m) は 20km 離れても 10 度以上の高度を妨害しますが、1000m 級の山であれば 20km 離れれば 3 度以下にしかなりません。都会で撮る場合は建物の方が問題になることが多いでしょう。開けた場所を探しましょう。最も簡単なのは海辺です。夕日のきれいな海岸は、そのまま夕刻の彗星の撮影しやすい海岸となるでしょう。
高所から撮るのも良い選択肢になります。彗星の方角が開けている高台や山など、撮りやすい選択肢になると思います。ただし言うまでもないですが、そこまで撮影機材を担いで登る労力が必要なことは認識しておきましょう。都会だと展望台なども候補になりうるとは思いますが、都会でも撮れるほど明るい彗星は滅多にないことと、そもそも室内のガラス越しの撮影の難度は非常に高いので、かなり難しい撮影になることを覚悟してください。
実際にどこを選んだか
私は SuperCWeather の雲予想を元に当日の場所を選びました。SuperCWeather は 3 時間ごとに情報が更新されるので、ギリギリまでどこに雲が少なそうか確認し、雲がない方向に彗星が撮影しやすそうな場所を探しました。
その結果、沼津のあたりからならば彗星が撮れそうな印象を持ちました(黄色い矢印)。撮影地を沼津周辺に決めましたが、うまい具合に沼津一帯は海岸沿いなので撮影地に苦労はしなさそうです。東京から車で行くことも考えたのですが、渋滞がどの程度か読めなかったので、新幹線で行くことにしました。そうすると重い撮影機材を徒歩で運ばないといけないので、なるべく駅から海が近い場所として、沼津駅の隣りにある片浜駅そばの海岸からの撮影に決めました。なお、私は場合によっては、駅からカーシェアで移動という両方の良いとこ取りをする選択肢もよく使います。
なお、SuperCWeather はあくまで予報であり、必ず晴れる(もしくは曇る)ことを保証するものではないことに留意してください。せっかく新幹線まで乗って来たのに雲だらけで全然撮影出来なかった、なんていうのもよくある話です。逆に、雲の予報でも撮れることもあります。聞いた話ですが、私が撮った日は葉山から綺麗に彗星が撮れたそうです(赤い矢印)。SuperCWeather を見ていると、曇っていて撮れる気がしないですよね。このように、無理だと思っても近場であれば実際に行ってみる価値は十分にあるでしょう。
必要な撮影機材
彗星の撮影には、それほど必須の撮影機材がありません。基本的に星の撮影になるので、三脚は絶対に必要です。しかしその他に必須の撮影機材はありませんし、カメラやレンズの柔軟性も高いです。
マイクロフォーサーズでも APS-C でもフルサイズでも、たいていの一眼カメラであれば彗星の撮影に支障はないでしょう。レンズも、広角でも望遠でもそれぞれ適した彗星の構図があるでしょう。広角寄りならば星景写真に、望遠寄りならば天体写真に雰囲気を寄せた彗星の姿が狙えます。レンズの明るさも、もちろん明るいレンズの方が良いですが、 F4.0 などでも十分に撮影できます。
レリーズ(リモートシャッター)もあった方が断然楽ですが、無くてもタイマー撮影(2 秒など)を使うことによって、シャッターボタンを押した時の揺れをカメラに伝えずに撮影することが出来ます。インターバル撮影の機能のあるカメラであれば、それを利用しても良いですね。
撮影機材に関しては幅広い選択肢があるので、彗星は機材をしっかり揃えずとも撮影可能な天体写真とも言えます。
今回の撮影機材
今回は、Leofoto の三脚 2 つ(LS-324C と LS-284C)に α7R IV と α7 IV の 2 台のカメラを、それに Sony 35mm F/1.4 GM、Tamron 28-200mm F/2.8-5.6、Tamron 70-180mm F/2.8 を持っていきました。レリーズは α7R IV につけて、α7 IV はタイマー撮影とインターバル撮影を利用して撮影しました。
24mm も持っていったのですが、今回の撮影では 24mm までの広角は必要なかったですね。片方のカメラを操作しているときに、もう片方のカメラはレリーズ押しっぱなしの連写もしくはインターバルタイマーで撮影させることで、2 つのカメラで効率よく撮影をしました。
彗星を撮影しよう
さて、実際の彗星です。彗星の明るさや尾の長さにもよりますが、日没後 1 時間ほどすれば写真に写るようになってきます。まずは彗星があるであろう位置を広角で撮影し、その写真をプレビューで調べて彗星の存在を確認しましょう。
この日の沼津の日の入りは 17 時 11 分で、上記写真は 17 時 46 分に撮影し、ここで初めて彗星の存在をカメラ越しに確認できました。拡大すると、左下にあるのがおわかりになるかもしれません。一度そこに彗星があることがわかれば、ライブビューでも見つけやすくなります。18 時半くらいには肉眼でも尾が見えるほど明るくなりました。
事前の下調べで大体の高度がわかっていれば、現地で高度を手軽に測る方法があります。握りこぶしを利用する方法です。伸ばした腕の先に水平地点が下に接するように握りこぶしを用意し、その親指のところが大体高度 10 度くらいになります。NHK のわかりやすい記事をリンクしておきます。
上記の記事では書かれていませんが、親指を立てると 15 度くらいになります。撮影時はここらへんに彗星があることが多いので参考にしてください。
彗星の撮影で最も苦労するのは、彗星の位置を特定してフレームにいれることです(天体導入とも言います)。事前の下調べやアプリ等の情報を元に頑張りましょう。
撮影のセッティング
彗星を写すセッティングに正解はありません。というのも、日没直後はとくに露出が目まぐるしく変わる時間帯で、事前に決めたセッティングで撮影するのは難しいでしょう。
とはいえ、プレビューで彗星の存在を確認しながら撮影を繰り返せばそんなに難しくはないと思います。基本はマニュアルで、絞りは開放か一段絞った程度にし、8 秒前後のシャッタースピードで ISO を調整しながら撮る感じでしょうか。絞りは撮影中にあまりいじらず、シャッタースピードと ISO を変更して露出の変更に対応することになると思います。
参考までに、上の作例のセッティングは α7 IV が 200mm シャッタースピード 8 秒 F5.6 ISO1600、α7R IV が 101mm シャッタースピード 8 秒 F3.5 ISO800 です。
彗星を撮影すると必然的に周りの星も写りますが、星が流れず点像に近い状態で撮影したい場合、500 ルールと呼ばれる計算式が役に立つでしょう。500 を焦点距離で割った値以下のシャッタースピードにすると星の流れを抑制できるという計算式です。例えば焦点距離が 70mm の場合は 500 ÷ 70 ≒ 7.14、7 秒以下にするのが良いでしょう。150mm の場合は 3.3 秒、35mm の場合は 14 秒あたりが目安になります。
簡易赤道儀などを使って彗星をより綺麗に写そう、というアイデアは難しいかもしれません。赤道儀を利用するためには極軸合わせが必要ですが、日没前に正確に極軸合わせを行うことは基本的に難しいです。日没後に極軸合わせをしようとしても、彗星はすでに地表近くにあり、彗星の撮影は時間との戦いです。セッティングの速度に自信がない方は、赤道儀に頼らない撮影計画を考えたほうが安全になるでしょう。
(もっとも、前日夜に極軸合わせをしておく、方位磁針で大体のセッティングをする、もしくは GPS 付きの赤道儀で極軸合わせから追尾まで任せてしまう、など赤道儀を使うアイデアも色々あります。機材の性能や自身のテクニックに応じて挑戦してみてください)
レタッチ
撮影後はレタッチしましょう。星景写真にせよ天体写真にせよ、レタッチによって天体はよりはっきり存在感を放ちます。レタッチは必須でしょう。この記事の最初の写真の、レタッチ前の撮って出しの写真はこのような感じでした。
紫金山・アトラス彗星は思った以上に明るくて、撮って出しでもしっかり尾が見えていますが、レタッチをするとよりはっきりと尾を際立たせることができます。好みの範疇でレタッチしましょう。
個人的にレタッチには Lightroom を使っています。テクスチャを + にし、かすみの除去を少々入れるのが私の好みのレタッチです。私は星景写真ではホワイトバランスを 3600K あたりに設定することが多いのですが、彗星はまだ日の入り直後であり、風景も写っているのであれば、むしろ少し暖色系のホワイトバランスにした方が夕焼け後の幻想的な雰囲気を表現出来ることもあります。
まとめ
以上が簡単な彗星の撮影方法になります。まとめると、
- 彗星は太陽のそばにいる時の方が尾が長いので、彗星の高度が低い時にベストタイミングが来ることが多い
- 良い撮影地点を選ぶのが難しい。彗星方向に見晴らしの良い候補地を、当日の天気次第で選べるよう複数用意したい
- 撮影自体の難度は高くないが、時間(高度)との勝負になる。ゆっくり撮影しているとすぐに沈んでしまうので注意
といったところになります。
今回の紫金山・アトラス彗星の周期はなんと 8 万年だそうです。今回を逃すともう二度と紫金山・アトラス彗星を撮影するチャンスはありません。彗星自体はそこまでレアではなくても、一つ一つの彗星との出会いは基本的に一期一会であり、思い入れの強い撮影になることも多いでしょう。もしまだ彗星の撮影に挑戦されたことのない方は、ぜひこのブログを参考に、一度美しい彗星の撮影に挑戦してみてはいかがでしょうか。ぜひご検討ください。